ドリーム小説
「・・・」
片方の瞳でついとを映すなり、少しだけ彼は驚いてみせた。
「元気そうじゃん。麻衣が迷惑かけたみたいで悪かったわね」
「これお見舞い」とメロンを置き、ベッドの傍に腰掛ける。丹精な眉がしかめられるのを見て、はひょいと肩をすくめた。
「貴方が」
「ん?」
「この仕事を手伝ってくれてるそうですね」
「まぁね。麻衣に頼まれちゃって断れなかったのよ」
「貴方が手伝ってくれていると聞いた時は驚きました。よほどの事がない限り引き受けないでしょう。そのうえ、私が居ないと言うのに」
めずらしく今日はお喋りな気分らしい。
「まぁね。最初はどうなる事やらと思ったけれど、旧校舎に霊が居る感じはないって右近も左近も言うし、頼りないとは言え、自称巫女さんに破壊僧。訳ありそうなエクソシストもいるからね」
まぁもっとも、実力の有無はまだなんともいえませんが。
茶化すのを見て、リンは盛大なため息を落とした。
「もし」
そう言ってリンは、言葉を飲む。
何かを探しているように眉を潜めた。
「もしいよいよの事があった場合は、すぐに私に言ってください。松葉杖だろうが何だろうが、行きますので」
呆気に取られたは二三度瞬いたあと、吹き出した。
「心配してくれてたんだ」
どうりでよく喋るはずだと付け加えて、睨まれる。
「ナルの助手をしてくれてるわけですし、関係ない貴方が巻き込まれたことには変わりませんから」
とってつけたような御託がよくもまあそう並ぶ事。素直に言えない所がらしいっちゃらしいのだが。
「それに――」
珍しいリンを興味深く見ていると、その視線から逃げるように視線を本へと落とし、彼は言う。
「貴方は霊が・・・」
【悪霊がいっぱい!? 6】
掃除で居残りだったが遅れてつくと、巫女姿の綾子が出迎えた。
「遅かったのね」
「うん。掃除で残されちゃって――麻衣には先に行ってるように言ったんだけど」
校長と教頭。
廊下に麻衣とナル、法生。
ジョンに真砂子、黒田も居る。
事の次第には間に合ったらしい。
――アタシは明日除霊するわよ。
こんな事件、いつまでも関わってられないもの
豪語した綾子がどう除霊するのか。
がガラス戸に背中を預けると、綾子は得意気に笑みを浮かべた。
「まあよく見てるのね、軽く祓ってやるわよ」
祓串がざっと音をたて、祝詞があげられる。
「――これでなんの心配もありませんわ」
祓串を祭壇の上に置き、向き直った綾子がふわりと微笑むと、校長は大げさなまでに手を叩いた。
「いやあ!お見事でした、なんというかまさに神々しい表現がぴったりで。どうですか、今夜一席もうけますが」
「いちおう除霊したあとは泊まりこんで様子を見ますので」
「さすがはプロですなあ。それではどこかでお昼でも」
校長に道を譲ろうとする。その時、
ギッ
と、何かが軋む音がした。
、綾子、校長と立て続けに見たガラス戸が悲鳴をあげ、一気に亀裂を走らせる。
『主!』
左近の声が響いた。
咄嗟に伸ばした手が綾子の袖を掴み、音をたててはじけ飛んだガラス戸は破片を宙へと舞い散らせた。
「きゃぁ!」
「綾子さん!」
腕を切り、太ももを走った。
痛みが伝ったのはその二つで、後は右近と左近が庇ってくれたらしい。
「――っ」
燃えるように熱を帯びた傷口に、は唇を噛みしめた。
「おい、大丈夫か!」
「血が出てはります」
法正がと綾子、ジョンが校長。駆ける傍らで、黒田は青白い顔に笑みを繕った。せせら笑う。
「・・・心配ありませんわだって。除霊なんてできてないじゃない。校長先生にケガまでさせちゃって」
反射的に開いた口を綾子が噤むと、真砂子は静かに放った。
「あれは事故ですわ」
「そうよねえ、アタシはちゃんと――」
「除霊できたという意味ではありませんわよ。ここには始めから霊なんていませんの」
凝りもせず言い合いが始まる。
は笑いながら、影に向かって声を潜めた。
「右近、左近。平気?」
『問題はない。ただ、多少回復に時間がかかる』
「和弥も居るし、こっちは平気よ。ゆっくり休んで」
『御意』
「!」
我に返った様子で駆けて来た麻衣は、の傷を覗き込んだ。
「大丈夫!?」
「平気よ。たいした傷じゃないわ」
制服が白いからだろうか、にじみ出た血が目立つ。
「馬鹿。ガラスの傷っつーのは舐めてかかっちゃいけねぇんだよ。ホラ、保健室行くぞ。どっちだ?」
法正に引っ張られて、戸惑っていると、反対からも手が伸びて来た。
「アタシがするわ」
綾子だ。
「こう見えても医者の娘よ。救急セットだって持ってるしね、、こっちに来なさい」
ベースへと連れ込まれる。
失礼な話ちょっとばかり疑っていたのだが、彼女はバッグの中から携帯用の救急セットを取り出すと手早く消毒液を吹きかけた。
「足も怪我してたでしょ。見せなさい」
スカートをたくし上げると、
「こっちは結構深いわね。包帯を巻いておくから、きちんと帰って病院にいくのよ」
丹精な眉根に皺を寄せて、
「・・・悪かったわ」
いつになく真剣なその声音に、は思わず綻んだ。
「いいんです。私もたいしたケガをしなかったので、気にしないで下さい」
まあ説教は必須だろうが。
「そのことだけど」
胸中で呟いていると、綾子はは口ごもる。
綾子をが庇い、を右近と左近が庇ったのだ。少なくとも彼女には二人の姿が見えたはず。
次の言葉を伺うような、沈黙。
しかし綾子は唇を引き結ぶと、行きましょうと立ち上がった。
「聞かなくていいんですか?」
「いいの――お礼だけでも、言っておいて」
「了解です」